異国で気付いた健康のありがたさと女房のありがたさ!そして気づいた奇跡のような家族のありがたさ!それにも懲りず、バス・電車・飛行機でカヤックに行きたい!
まずは女房に感謝から!
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Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン 「隅田川~亀島川」編 - 潮の流れに逆らいながらも!
2013-09-19-Thu  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


前回は「佃島」編として、「Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン」の前編であった。

戦国時代の最中に、大阪西淀川区佃の漁師達33名が神主と一緒に、現在の佃島となる干潟に引っ越してきたと話であった。

カヤック漕行としては、佃島の中からまだ出ていない。

その佃島から出る水門が、佃川支流と隅田川を分けるこの「住吉水門」だ。
住吉水門 20130824
前回もちょっと触れたが、そう、この水門の向こうは大河「隅田川」だ。

お分かり頂けるだろうか?
水門の向こうで、「閘門水先人」氏がもう隅田川に出て待ってくれている。

以前なら氏のサンテン「あひる」号に漕ぎ負けることは全くなかったが、今日は4号艇 PackraftのDenali Llama だ。

普通に漕ぐと倍以上のスピードに差が出る。

しかもサンテン「あひる」号は以前にも紹介したがお座敷仕様だ。

絨毯(じゅうたん)の様なマットが敷いてあり、土足厳禁の居間となっている。

こちらがいくらバシャバシャ漕いでも追いつかない。

それに小生は、高いものを下から見上げる恐怖症だ。

デカい水門の下をくぐるのが恐ろしくてスピードが鈍ってしまう。

このまま佃島内に置いて行かれても困るので、何とか上を見上げない様にして隅田川にでた。

隅田川 佃大橋
水門から大河「隅田川」に出ると、その風景はいきなり広がる。

上流には近代的な「中央大橋」が見え、下流側には上の画像の様に「佃大橋」とおしゃれなタワーマンション群だ。

カメラを取り出して露出やショットの構図を模索している内に、フト気が付くと周りの風景が変わっている。

さっき出てきた「住吉水門」遙か上流に移動しているみたいで見当たらない。
いやいや正確に言うと、「住吉水門」が移動してるのではなく、小生が流されて移動していたのだ。

それにしても最近のコンデジは不便になった。

コンパクトなのは良いが、スイッチボタン類までコンパクト。

液晶はデカくなったが、モード表示が多くて小さい。

そのモードの種類も多い。

露出だけでも、Aiオートと晴天と曇りと雨と夜と夜景と・・・・。

それを操作する後期中年はというと、

老眼で近くが見えない、

白内障症状で出てるのか全体にぼやける、

瞳孔の筋肉が弛んで眩しい、

しかも指先の繊細な感覚も鈍り誤操作の連続、

結局 その状況には最適ではない設定をして撮影をしてしまう。

その上、撮った写真を再生してぼやけていても、

写真がぼやけているのか、自分の目がぼやけているのか・・・だ。



そんなこんなで、隅田川に出た途端にかなり流された。

「中央大橋」辺りから、東京消防庁の消防艇が凄い勢いで下って来た。南無三!

が、小生の気が付いたのか、ピタっと停船し、こちらを気遣う様に見守ってくれていた。

まだ朝早かったのか、観光遊覧船はまだ行き交っていない。

一気に「隅田川」を横断。

さすがにもう殆ど海だ。

川とは違い周波数の長いうねりを感じる。

そのうねりよりも、引き始めた潮の影響か、海への流れが厳しかった。

それでも何とか「隅田川」から「日本橋川」の分流「亀島川」へと入る。

ようやく流れが少しは緩まった時のショットがコレ。
亀島川 南高橋は両国橋 亀島橋水門 20130824
いま漕いで来た「亀島川水門」と「南高橋」と「隅田川」を挟んで「佃島」の高級タワーマンションが見える。

そして「亀島川」のビル群に埋もれるようなところを漕いで行く。

「閘門水先人」氏との会話がビルに反射してこだまの様に響く。

この「亀島川」は安土桃山時代から江戸に入る舟を検める御船手奉行所があったらしい。
徳川水軍の母港というか、当時の海軍基地といったところか。

「亀島川」から「日本橋水門」を抜けると「日本橋川」に入る。


しかしどーも小生はこの「水門」が怖くて怖くてしょうがない。

「水門」はそもそも開いたり閉じたりする様に出来ている。

いつ動き出すか分からないではないか。

すでに数々の「閘門」通過を経験してきたが、鉄の塊が動き、人工的に凄い勢いで水が流れ込んだり流れ落ちるのを見てきた。

川にある人工構造物でも大関・横綱級だと思うのだが・・・。

だが、「閘門水先人」氏の説明では、台風や大雨時の高潮でもない限り動くことはないのだそうだ。
考えてみれば、そりゃそうなのだが・・・・・。

さすが、この辺りの水辺をもう約35年は前から熟知している氏だ。

どーも小生は「閘門」と「水門」の機能を分かってない様だ。




いやはや、小生の筆も眠気という潮に逆らいながらで、なかなか進まない。

本日はもうおねむの時間である。

次回は「日本橋川」に入った所からと言うことでムニャムニャ・・・・




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Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン 「佃島」編 - なにわ漁師達のバイタリティーに圧倒されて!
2013-09-16-Mon  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


PACKRAFT - パックラフト!
臆病な小生でもついに横断、隅田川を、パックラフトで。

都会の川は人工構造物だらけだ。
行きかう動力船、頭上には高速道路、水面から突き出た杭。
そしていつやって来るか予期できないゲリラ豪雨。

危険を回避する体力とテクニックが必要だ。

そんな都会の川ではあるが、川から見る都会はいつもは何とも思わないで見過ごしてしまう風景を新鮮なものにしてくれる。
これがアーバンカヤックの醍醐味ではないだろうか。


今回は佃島から隅田川を横断、亀島川~日本橋川のコースを、例の「閘門水先人」氏に連れて行って頂いた。

氏にとっては学生時代からの馴染みのエリアだが、小生にとっては天竜川臥龍峡と同じ響きである。

では早速 レポートすることにしよう。




その日、8月24日(土)は薄曇りではあったが、すでに早朝から酷暑を十分に予感させる蒸し暑さであった。

東京メトロ有楽町線「月島」駅に8:30AMに「閘門水先人」氏と落ち合う。

サンテン「あひる」号を入れたザックを背負った氏が笑顔で待っていてくれた。
いくらフジタカヌーの最小最軽量のカヤックとはいえ、PFD等含め100リッター20kg近いザックになる。

小生は今回もPACKRAFTのDenali Llamaだ。
PFD等を含めても7kgで40リッターのザックでも余裕なのだ。

もちろん、ここまでの電車行によるJRや地下鉄の昇り降り、それと暑さで既に体力は消耗していく。
しかし、これから漕行が楽しみで気分は絶好調だ。

小生にとって、アーバンカヤックの醍醐味は、出撃前にスタバ(最悪でもコンビニ)でのコーヒーを楽しむひと時だ。
安上がりの贅沢なひと時なのだが、仕事の出勤前のコーヒーとは全く違うひと時だ。

そこで氏からその日の漕行程の説明を一通り受け、近代的なビルを抜けると下町情緒あふれる出撃場所まで歩いて10分程だ。

時折り小雨が混じるが、ささっと準備しいざ出撃。
いざ出撃 20130824

この出撃地点は、昔 佃島と月島が別々だった頃に、その間を流れていた佃川の支流だったそうだ。

佃川本流はもう埋め立てられてない。

その支流にかけられている橋(佃小橋)をくぐると、立て看板がある。

「此の場所には、江戸時代後期寛政拾年(1798年)徳川幕府より建立を許された大幟の柱、抱が埋設されておりますので、立ち入ったり掘り起こしたりしないでください。」とのことだ。

そのまま進むと左に直角に曲がる。
佃小橋 20130824
この左側に「住吉神社」があるのだが、これがまた面白い。

徳川家康が江戸から上洛した時に、大阪の西淀川区佃の漁師達がいろいろとお世話をした縁で、家康から当時は干潟だったところを埋め立て、名前を大阪の故郷の佃にちなんで佃島とし、そこに漁師家族33名が移住したそうである。

3年に一回お祭りがあり、その時に使う幟(のぼり)の支柱が6本埋まっており、今もお祭りの度に掘り起こして使っているそうだ。
佃住吉講 20130824
(ここに埋まっている。)

そして左の直角に漕ぎ進むと、右岸側が住吉神社となっている。
住吉神社横 20130824
最初の神主は、大阪の漁師達33名と一緒に移り住んだそうである。

しかし17世紀からのことですから大変興味深い。

なにわの漁師達が当時の最大権力者に仕え、十分なプレゼンスを示す。

しかも当時の東京湾の干潟を埋め立てて大阪から江戸へ移り住む。

考えれば考える程、そのバイタリティー溢れるダイナミックさに圧倒される!

想像も出来ない程だ!!




そして住吉神社を過ぎ、この水門(住吉水門)の向こうはいよいよ「隅田川」だ。
住吉水門 20130824

今日はこれで一旦締め、「隅田川」の渡河以降は次回にしよう。

今晩はまたこれから、その「なにわ漁師達」のことを思い、心象漕行を楽しみたいのだ。

あっ、そうそう、こんな映像をYuoTubeで見つけた。
  「佃 住吉神社 大祭 大幟柱掘り起こし」
3年に一回、掘り起こされる、デカい幟(のぼり)様の柱の掘り起こしの映像だ。




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閘門水先人シリーズ: 極地観測船 初代「しらせ」 - あぁ~ピンポンダッシュは止められない!
2013-09-15-Sun  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 番外編


目的地にはあるテーマを持って出撃する。
例えば、例の「閘門水先人」氏にとっては、その一つが「極地観測船」だ。

氏の「極地観測船」に対する想いは強い。

特に荒波・厚氷を乗り越えて、困難な航海に挑むその「舳先」には特に大きな敬意を持っている様だ。

常人からするとそれは病的だとも言える。

しかし、男のロマンを感じさせる「極地観測船」に、氏の想いに同感する貴兄も多いのではないだろうか。


そんな氏から、ニッポンの先代「極地観測船」である初代「しらせ」のその「舳先」にピンポンダッシュを試みたレポートが届いた。

場所は東京湾ではあるが、氏の撮影センスの良さからなのか、とても東京湾とは思えない画像もある。

それではさっそく、氏からのレポートをほとんどそのままの形で紹介しよう。




少々タイミングを逸した感はありますが、夏の思い出として記録を残しておきます。

<<<砕氷艦第3弾>>>
「宗谷」、「ふじ」と来れば自然に旧「しらせ」となる訳ですが、この船は自衛隊から除籍した後、ウェザーニュース社が買い取り、企業活動の一部として千葉の船橋港に係船されています。

周りに一般企業が隣接している為、陸上からアプローチする事は出来ません。 唯一ウェザーニュース社のSHIRASE見学に申し込んだ場合のみ船内の見学が許可されるようです。

南極の氷にタッチした舳先に敬意を表して触らせていただくという行為は離れた地点から接近してピンポンダッシュするしかない という事で8月の15日の終戦記念日に実行してまいりました。

まずは船橋三番瀬干潟から出撃です。
水先人1 20130815

潮干狩りをしている家族連れがいる中、東京湾に漕ぎだしていきます。  

弱い南風で最悪でも陸から離される事は無かったですが、右手に大きく広がる東京湾ですから波や風は直接サンテン「あひる」号に寄せてきます。

オープンデッキのまま出撃しましたが、波しぶきが艇内に入ってくるので途中上陸してデッキカバー、スプレースカートを装着しました。


東京湾、千葉港(船橋)の中に上陸地点が偶然にも見つかりました。

小さな瀬ですが防波堤の一部として利用されており、白い貝殻で覆われておりそこだけ見ると南海の小島に見えなくもない様子です。
水先人2 20130815
ここで小休止し、目的地点の舳先を目指します。


港の岸壁に係船され難なく近づく事ができましたが、何せ初対面ですのでいきなり舳先にタッチでは失礼になります。

まずは全景をしっかり目に焼き付け、船尾側から船の大きさを確認して南極の氷の中に閉じ込められても破壊されない頑丈な舵を確認し、最終地点の舳先に向かいます。
水先人3 20130815

舳先は船が燃料などを抜いているせいか、
水先人4 20130815

喫水が上がり氷を切り裂く部分が大きく露出しタッチする部分としては文句なしでした。
水先人5 20130815

しっかり撫でまわし、上を見上げ舳先に押しつぶされる南極の氷になった気分を満喫してきました。
閘門水先人6 20130815

以前タッチさせて頂いた「宗谷」、「ふじ」と比較して舳先の鋭さが無く、如何にも体(船体)の重さで氷を押しつぶす為に舳先はまったりとした曲線になっておりました。

個人的には小さな船体で舳先のエッジで南極の氷に突撃し、少しでも氷に食い込んだ舳先をグリグリやりながら亀裂を広げていく健気な砕氷活動に心をときめかせてしまいます。

ちなみにこれが「ふじ」で、
閘門水先人7 20130815

これが「宗谷」なんですが、
閘門水先人8 20130815

「しらせ」の舳先には昭和基地に到着し大量の物資と隊員を送り届けると言う絶対的な使命とプレッシャーがそれまで以上にあるので南極海の氷原を切り開いていくにはあのような舳先形状になるのでしょうね。

氷と戦うと言うよりも絶対に到着して来いよ!というプレッシャーと戦っていたのかもしれません。

そんな事を考えながらしらせに別れを告げ、南下して幕張の海岸に向かいます。当日は終戦記念日であり12時にサイレンが鳴り防災スピーカーから“黙とう”というアナウンスがあり記録的な暑さの中、海上のさんてん「あひる」号の上で終戦記念日の黙とうをささげました。

誰もいない幕張の海岸に上陸し暑さでヘロヘロになりながら撤収いたしました。

次の目標は現役「しらせ」になりますが、さすがに現役の自衛艦ですので神出鬼没。

まさか母港の横須賀の軍事基地に出撃する訳には行かないのでチャンスを伺ってみます。

現役「しらせ」は南極から帰還してドック入り後、次の南極行きまでの間に訓練航海(全国巡業)で各地の港で一般公開しているようです。




<編集後記>

それにしても「閘門水先人」氏の「舳先」に対する想い・・・・

様々な「舳先」を見て、そして触れ、己が「舳先」そのものになって過酷な環境の航海を追体験してしまうのだ。

先端恐怖症の小生には、それに対する「フェティシズム(fetishism)」とも言うべき厚い想いを持てることは憧れすら感じる。

その対象に「ピンポンダッシュ」を試みる感覚は、子供時代の時に好きな女の子の玄関呼び鈴に「ピンポンダッシュ」したことを思い出させるのは小生だけではないだろう。

これからも奇行(笑)スレスレの試みには大いに期待したいし、また小生も連れて行って貰いたい。





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長崎遠征を「魚雷発射試験場」跡で締める! - そして時空を越えて -
2013-09-14-Sat  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


さて「長崎遠征」もクライマックスになってきた。

そのクライマックスは、女房が稲佐山屋外ステージの舞台に上がって、福山雅治氏を独占したかの様な錯覚に陥っているうちにやって来たのだが・・・。



そこは長崎市内から列車で2時間の「小串郷」駅から、さらに歩くこと30分の東彼杵郡川棚町三越郷の入り江だ。

そしてそこに長崎遠征の本当の目的地「魚雷発射試験場」跡がある。

もう見えてはいるが、前回も説明した通り「小串郷」駅の悲しい歴史を知ったせいが、また時期がお盆でもあり、浮かれていることにバチがあたりそうで、色んなことに感謝しながら漕ぐことにした。
クライマックス いざ出帆 20130814

それにしても気持ち悪いぐらい静かだった、村も海も。

大村湾の中の小さな湾 - 入り江の奥から出帆して真っ直ぐ「魚雷発射試験場」跡に向かうことも出来そうだった。

左奥の米粒の様なのが、そこにあるシンボルの塔だ。
湾の中の湾 20130814
実は左側が漁港になっていて、その前を横切るのが何だか大変失礼な気がして、入り江の右岸側にそって漕ぎ進んでみた。

すると鳥居が見えてくる。
まずは右から 20130814

どうも鳥居は二つあり縦列に並んでいる。
この鳥居は一体なに? 20130814
その奥には大きな洞穴まで。

普通ならここに上陸を試みるのだが、海底が鬼の洗濯板 - 波状岩の地形だ。
諦めて海からよ~く観察してみると、到る所に大きな穴が開いているのだ。

後でネットで調べてみると、軍事的な壕らしいのだ。

米軍の空襲を予期して、魚雷を隠すためなのか、人も避難するためなのかはもう定かではない。

不謹慎を承知で書くが、その時なにやら海底から呼ばれている様な気配を感じていた。

そして入り江の対岸にある「魚雷発射試験場」跡を目指すため入り江を横断だ。
湾の中の湾を横断す 20130814
もちろん海底からの気配は感じたままで、かなりこころ細い気持ちでの横断だった。

幸い風もなく海流もほとんど感じないので、慎重に漕ぎ進むことにした。

そして近づいてきました「魚雷発射試験場」のシンボルの塔が。
まずは北側から 20130814
これは北側からの景観。

そして右に回り込んで西側から。
そして西側から 20130814

すると、奥には魚雷保管倉庫を兼ねた魚雷調整場が見えてきた。
奥には魚雷保管倉庫が 20130814
ここで、魚雷の推進深度を調整していたらしい。

塔の根本辺りから沖に向かって試験発射していたらしく、魚雷調整場から塔へと続く真っ直ぐな頑丈そうな桟橋がある。
発射場への石桟橋 20130814

入り江の出口裏には監視所と言われている建物がある。
そして監視所の海からの全景が 20130814
ここへは陸からのアクセスはない。

当時は木製か鉄製の桟橋があったであろうが、もう朽ち果ててその形跡すらない。
監視所を西側から 20130814

その監視所をもっと右に回り、南側から近づいてみた。
そして監視所を南側から 20130814

すると階段の様なものが。

監視所の階段へのアプローチ 20130814

うぅ~ん、上陸してみたい。

監視所の階段への上陸か??? 20130814

強引に上陸は可能であったが・・・、

今回はこれが精一杯だった。
監視所に上陸ぅ~! 20130814

ふと後ろを振り向くと遠くに素晴らしい山並みが。
虚空蔵山 20130814

虚空蔵山(こくぞうさん)というらしい。
こくぞううさん 九州のマッターホルン 20130814
地元では「九州のマッターホルン」と言われていると長崎出身の友人が教えてくれた。確かに!



<まとめ>

このあと川棚の港までの途中の海岸で撤収した。

ちょうど産業廃棄物業者の施設の裏側辺りであった。

酷いことになっていた。

ここでは細かくは説明しないが、前大戦の遺跡とその人間模様、そして現在のそこの状況。

別のものではなく、何か気持ちの良いものではない繋がりの様なものを強く感じた。





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長崎遠征は「トルコライス」で力つけて!
2013-09-12-Thu  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


少し時がたつとすぐに忘れてしまいそうになるのが、「後期中年」症状の典型だ!

でも、まだ覚えているぞ、今年の夏は長崎に行ったことを。

まぁ良く言うと「長崎遠征」だ。

長崎と言うと巾着袋の大村湾の出口の「早岐(はいき)」や「九十九島」が有名だ。
それはもうカヤックの出来ないところを探すのが難しいくらいのパラダイス!

そんな有名どころを敢えて避け、ちょっと変わった所に行って来た。

東彼杵郡の川棚にある旧海軍の「魚雷発射試験場」だ。



ある理由で福山雅治氏の幼稚園~高校を訪問しなければならなくなり、名古屋から車で長崎市へ。

実は「長崎遠征」ではあるが、残念ながらカヤック中心の「長崎遠征」ではない。
つまり、どれだけ感謝してもその効果が表れない女房のお供だ。

ご多分に漏れず女房も福山雅治氏のファンだ。

福山雅治氏の幼稚園~高校の園庭や校舎の写真をアップしてもしょうがない。

まぁカヤックとは関係ないが、まずはこれをご紹介しよう。

「トルコライス」だ。
トルコライス1 20130814

これを頂いたお店は「キャンティー」と言う喫茶店だ。
キャンティー 20130814
ここのすぐ近くに福山雅治氏のご実家があり、氏が上京するまでは常連だったそうだ。

ピラフとナポリタンスパゲティーとトンカツのボリューム満点のいかにも若者が好むものだ。

少しでもあやかろうと大盛トルコライスを少し苦労して平らげてやった。
トルコライス2 20130814



ところで、この長崎という町、実は女性がまた皆さん美しい!
若者も大勢いる。
そして老若男女、皆さんどことなくオシャレでらっしゃる。

横浜や神戸も古くからの港町で舶来イメージではある。
よく考えると「長崎」はその元祖だった

原爆のイメージが強すぎてちょっと損をしている様にすら感じる。

日本の中では端っこの方に位置する。
だが古くはインド・中国等 大陸への玄関口だったであろう。
鎖国後も出島を通じていろんな最先端の情報や物品が入ってきただろうし。

いやぁ~長崎!
もう完全にファンになってしまった。

ただ、ちょっと遠い。
名古屋からでも・・・それに岡山・広島・山口が静岡みたいに横に長い。
九州に入っても福岡と佐賀を通らないと長崎へはたどり着かない。

そして長崎市がまた孤立したような所にある。

いやぁ~だから余計にエキゾチック!
路面電車 20130814
女性がまた美しくて皆さん魅力的。(何度でも言う!)



そんな長崎市内から郊外へのカヤックだ。
「トルコライス」を平らげた翌々日(8月/14日)に「長崎」駅から始発で長崎本線~大村線を通り「小串郷」へ。
長崎始発 20130814

なぜかバイダルカ 20130814
(なぜか長崎駅ホームにはバイダルカの様な舟が置いてある)

目的地の「小串郷」からもう少し行くと「ハウステンボス」がある。
だから始発なのに、始発だからなのか、「ハウステンボス」のコンパニオンらしき美女達もご乗車だ。
美女が乗る 20130814

普通の美女ではない。
濃いい小麦色をした健康美あふれる肉感的美女達だ。
ワンマン列車 20130814
(健康美とは関係ないが、この路線も半分の区間がワンマン列車だ。)

そんな美女達との接触を躊躇(おそらく自分の娘よりも若いだろうし・・・)しているうちに目的地の「小串郷」に到着。

この「小串郷」ってとこは、旧海軍の特攻兵器「震洋」の訓練所だったとこなのだそうだ。

そしてこの「小串郷」駅はその訓練所の兵隊さん達のために出来た駅だということだ。

その訓練所から2kmほど東に行ったところの「川棚」には魚雷試験所跡が今も残っている。

この魚雷試験所跡はいろんな方がブログで紹介しておられる。
これを海側からアプローチしてみようというのが、今回の趣旨だ。



長崎の女性は美しいだとか、チャラチャラと書き進めるつもりだった。
小串郷駅 20130814
しかし、当時「小串郷」駅を利用したであろう「震洋」の訓練所の方々のことや、「川棚」の魚雷試験所跡の雰囲気にちょっと圧倒されたのを思い出した。

特に「小串郷」駅には、当時全国から集められた数万人の若者達が特攻の訓練うために降り立った駅なのだそうだ。(内3500名が散っていったとのこと、ご冥福を祈りたい)

魚雷発射試験場 20130814
(これは小高い丘からの魚雷発射試験場跡の遠景)
ここで一旦区切らせて頂き、ブログから離れて夏の余韻に浸らせて頂くとしよう。

いやぁ~、それにしても静かなところだった。
時期が時期だったからなのだろう。




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「PACKRAFT」 から 「青春18きっぷ」・・・そして禁じ手「新幹線」
2013-09-02-Mon  CATEGORY: Pedaling for Paddling


久しぶりの更新。
完全に9月病なんです。

この夏は皆さん同様、暑さに苦しみながらも夏を楽しんだ。
久しぶりに大いに夏を楽しんだ。

6月にPackraftがやって来て8月になる前に、
5度の「電車行」を楽しみ、そのうち
「新幹線行」を2回
「自転車・電車行」を2回
「青春18きっぷ行」を1回
小生にしては、完全に飛ばし過ぎだ。

月曜日は毎週かなりつらい。
水曜日まで辛さは残り、何とか木曜日の午後あたりから回復し、金曜日にようやく・・・そしてまた週末に。



そして8月3日(土)に「青春18きっぷ」を使って行って来ました名古屋から確か(?)三浦(旧姓:山口)百恵さんの住む国立へ!
始発 20130803
自宅最寄駅から始発で出発。

約9時間後の14:00に到着しこれです。
9時間後 20130803
ちょっと暗いが、後期中年と後期青年の固い握手です。

何だかうれしそうな後期中年(左)と、
いささか躊躇ぎみの後期青年(右)が写っている。

国立までホモの集会に行って来たのではない。

そして高級カフェでこいつ(先程の右の彼ではなく)と750円のコーヒーを頂き、
椿屋珈琲花仙堂 20130803

気が付けば、「青春18キップ」で名古屋へ戻る最終列車16:00なんでとっくに過ぎて、
新幹線で 20130803
新幹線でないと帰れない時間に。



実はオークションで落札してしまいました。
ついにアレを。

そうです、アレです。

ブロンプトンでもBD-1でもダホーンでもありません。
モールトンでもKHSでもTikitでもありません。

シマノALFINE内装11段付きのを

すんまそん、今日はまだ月曜日。
まだ週末の疲れがまだこれから出てくるタイミングなんです。
こいつと信頼関係を築けた頃にまた続きを。



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