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進化する「ボリショイカート」 - ミニスカート膳で花見楽しむ!
2014-04-01-Tue  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 番外編



「ミニスカート買ったよ!」

硬派の「閘門水先人」氏からそんな連絡が入った。

「着てみたらなかな良いよ。」

なんか複雑なイメージしか浮かばない・・・

「それで仙台堀川に花見に行って来た。」

いよいよ危ない世界に・・・


どうもM社のカヤック用の

小型スプレースカートの

商品名のことだったのだが・・・


今回はそんな「閘門水先人」氏からの

レポートを紹介しよう。


使用艇はフジタのサンテン。

場所は東京都江東区界隈。


その『ミニスカート』を

氏はまたどんな使い方を

するかも楽しみですよ。


ではまた、氏のレポートを

紹介した後で。。。。。。。。







いつの間にか春になってしまい

桜もほぼ満開になりそうということで

天気に恵まれた週末にお花見カヤックに

行ってきました。


場所は東京下町江東区のいつもの水路です。

今回も例のボリショイカートでラクチン移動。


前回のトライアルで操縦性に難ありということで、

専用ステアリングを作ってみました。

新ボリショイカート 20140329

これが有れば手首をひねれば

比較的簡単に行きたい方向に

カートを向けることができます。


このカートの利点は、

カヤックのザックをほぼ直立状態で

運転(?)できることです。


しかも自分の真横に置いて

移動ができるので

あまり場所を取らないです。


何となく盲導犬と一緒に

歩いている感じです。


これを折りたたんでも

コックピットの横に納める

ことができます。

潜むボリショイ 20140329




そして今回は社外品のミニスカートと

いうスプレースカートを装着してみました。


サンテンはコックピットが

大きいので開放感抜群です。


でも春先などチョット寒い時など

デッキカバーほどで無い時に

重宝するのではないか?と考えました。




お花見といえばお弁当ですから、

ホカ弁、ノンアルコールビール、

団子などを調達して乗艇。

出撃サンテン 20140329

「東大島」駅近くの水陸両用バスの

ダックヤード 20140329

ダイビングスポットの横から漕ぎ出し、

扇島閘門を越えて

扇町閘門とお仲間 20140329

「清澄公園」沿いの

お花見イメージ 20140329

桜並木を目指します。


今回はお天気もよく大勢のカヤッカーと

水路ですれ違いました。


やっぱり長いフネは格好いいですね。


サンテンアヒル号はオシリフリフリですから。


仙台掘川の両側には桜並木があり、

お花見 20140329

少し早いですがボチボチ見頃でした。


そこでミニスカートがテーブルに早変り!

ミニスカート膳 20140329

お弁当を広げチョット漕いでは

ビールをゴクリ、チョット食べては

水路にせり出した桜の枝の下に

行ってみたりで、まるで屋形船状態

で良いお花見ができました。


上陸地点はいつもの佃島。


その為には隅田川を下り、

さらに川を横断しなければ

なりません。


なんだか今日の隅田川は大荒れ、

それこそ屋形船や大型水上バスが

ひっきりなしで大波小波で

なかなか前に進みません。

大波小波 20140329

お船に乗っている観光客は

珍しい物を見た感じで手を

振ってくれます。


でも、こちらはとても手を振れる

状況では有りませんでした。


ミニスカートの効果でデッキ内には

それほど水は入りませんでした。
 

それでもとりあえず無事に上陸し、

撤収することができました。







以上が「閘門水先人」氏から

レポートです。


その漕行艇は想像するに、

こんな感じで、ざっと10kmか。

宮下さん漕行程 20140329

しっかし、氏のミニスカート姿を

間違っても想像するんではなかった






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閘門水先人シリーズ: 勝鬨橋で首捻じっても浜離宮でリンボーダンスに興じる!
2013-12-01-Sun  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 番外編


例えば、翌日のゴルフを控え、

前日に練習場で頸椎椎間板ヘルニアを発症し、

そのまま入院・・・・なんてことが起きる。


それが老いであり、そんなアクシデントを、

前期中年(35~49歳)期あたりで経験する。


ところが、後期中年(50~64歳)になると、

身の程を弁(わきま)えた行動をとれる様になるが、

身の程を 20131124

それでもpaddling時に、

それは急にやって来るかもしれない。

それでもそれは 20131124



今日は今後の戒めとも拡大解釈できる

例の「閘門水先人」氏からのレポートだ。


以下は、氏からのレポートを、

若干 編集して紹介してみよう。





久しぶりにどうしても水の上に浮かびたくなり、

佃島から隅田川を下って勝鬨橋をくぐり、



築地の魚河岸前を抜け浜離宮まで行って戻ってくる

というお散歩コースをやってみたくなりました。


いつものようにサンテンを背負って

原付スーパーカブで最寄りの駅まで行って

そこから地下鉄で佃島に行きます。


その日 11月/24日の満潮は9:30で、

それから潮は引いていきます。



佃島からの出撃は8:30で、

佃島 20131124

あっという間に勝鬨橋の手前まで到着。

勝鬨橋 遠景 20131124

昔は橋の真ん中の部分が開閉していたのですが、

浜離宮 L字奥 20131124

相当昔に固定橋になってしまいました。


しかし特に改造もされていないようなので、

開閉の痕跡があると思い、

勝鬨橋 近景 20131124

川の真ん中の橋の真下でプカプカしながら、

見上げておりました。

勝鬨橋 かぶりつき 20131124

確かに橋の真ん中は繋がっておらず空が見えました。


つまり勝鬨橋の真ん中で小銭を落とすと、

運が悪ければそのまま隅田川にポチャンとなります。




水路の要所の隅田川の真ん中で、

不安定な体勢で、

バランスをとりながら、

真上の隙間を何度も見上げます。


クッという詰まり感を首のあたりで、、、

次にコギッという、比較的乾いた感触を・・・

そのあとは首がやや左に固定した状態に。。。


痛みそれほどでもないが、

動きにくくなった首を気にしながらも、

勝鬨橋を後にして、

隅田川 20131124

日曜の閑散とした築地魚河岸前を通り抜け、



なんとか目的地の浜離宮に到着。

浜離宮へ侵入 20131124

浜離宮への水門を通過して、

首は回らないので、舳先を回して、

後ろを振り返ると

レインボーブリッジ 20131124

「レインボーブリッジ」がいい感じです。


浜離宮へは入場料を払っていないので、

上陸はせず水上から庭園を

鑑賞させてもらいました。


昔の大名の屋敷跡で、

その当時の石垣などが残っているので、

後ろにそそり立つ新橋の高層ビルと好対照でした。


唯一浜離宮の内部に入り込むL字の水路があり、

浜離宮 L字水路か??? 20131124

昔は隅田川から櫓を漕ぎながら着けたであろうと

想像を膨らませました。


きっと江戸時代と何一つ変わっていない景色のはずです。 


現在は木戸が閉まっており、

外からは入り込むことはできないようです。

浜離宮 リンボーダンス完 20131124

浜離宮の周りの水路で、

水門越しに見えるレインボーブリッジを眺めながら、

首をさすりながらも、ゆったりとした時間を過ごし、

月島の水路に寄り道しながら佃島に戻りました。

月島からレインボーブリッジ 20131124

ちょっとしたトラブルはありましたが、

日曜日の午前中のお散歩には

十分なカヤック電車行でした。




編集後記:

「閘門水先人」氏のレポートには2つの疑問が残る。

疑問①

唯一浜離宮の内部に入り込むL字の水路には、

法令遵守で侵入しなかったことになっているが、

Goegleのストリートビューで確認すると、

木戸をくぐり抜けているのではと


疑問②

そして『クッ・・・コギッ』のその後は???

氏のレポートからその漕行程を予想してみたが、

閘門水先人_浜離宮 漕行程 20131124

その『クッ・・・コギッ』の後も、

回転しない戦車の砲塔、

つまり「自走砲」漕ぎで、

結構な漕行程である。

年末の漕ぎ納めに後遺症が

出ないことを祈る次第だ!



やや左向きに固定された首は、

浜離宮の内部への木戸を、

リンボーダンスでくぐるには、

都合が良かったのかも知れない



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Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン 「日本橋」編 - 潮の流れに・・・時の流れに逆らいながらも!
2013-10-05-Sat  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


ここんとこ週末がちとハードになってます。

週末の疲れが取れないうちに、また次の週末に突入する。

やっと今週末は恵みの雨になりそうだ。


気が付くともう10月。

今回のシリーズ「Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン」は8月24日のことでした。

もう忘れてしまいそうなので、今日は引きこもって一気に書きあげましょう。。。。。結局ダラダラと3部作になってしまいましたがね。


前々回の「佃島」編から前回の「隅田川~亀島川」編と、とても歴史を感じるところだった。

でもまだ佃島の佃川支流を出帆して1km程しか進んでいない。。。




ところでどうなんだろうか?

こういった所を「歴女」さん達が憧れ訪れることはないのだろうか。。。

「山ガール」に対抗し、そろそろ「川ガール」なんてのが流行っても良いような。

丸の内のキャリヤの女性達が、癒しとストレス・運動不足解消を求めている筈だ。

また子育てから手が離れたアラフィフ(around 50)世代が刺激を求めて、なんてのもアリでは。

「川ガールで仕事のストレスをぶっ飛ばしちゃえ!」
「川ガールで更年期なんかぶっ飛ばせぇ!」
山ガール 20130824
と銘打てば人気ツアーになる様に思うのだが。

そしてそこにまた寂しい男たちが群がり、
ケンタウロスケンタウロスケンタウロス
相乗効果で日本カヤック文化が花開く訳なんだが。。。




おっとそうだった。
「川ガール」ではなかった。

ようやく「佃島」から脱出しでっかい「隅田川」を渡り「日本橋川」へ入ったのだった。

一気に行きましょう、一気に。


「日本橋川」に入り首都高速の高架下を漕ぎ進む。

すると、まずは「東京証券取引所」だ。
東京証券取引所 20130824

そして、「日本橋」に。
日本橋 20130824

これは「日本橋三越本店」。
三越本店 20130824

そして、今回の心に決めていた目的地にやって来た。

江戸城外郭の正門「常盤橋門」跡だ。
江戸城石垣 20130824

あった、あった、これを確認しに来たんですよ。
江戸城石垣拡大 20130824

今年の5月のゴールデンウィークに、今回 同伴頂いている「閘門水先人」氏がここを探訪した時 ( 参考記事 「閘門水先人」シリーズ: 江戸城掘割を漕ぐ! )の土産話に出てきて、ぜひ自分の目で見てみたいと氏に連れて来てもらったのが今回の漕行の背景なんです。

これはやっぱり江戸時代に築かれた時の、建築担当大名かなにかの印だと思うのだが・・・。


それにしても、この辺りは石垣には風情を感じる。

きちっとしたコンクリート造りなんかではない。

ほど良く風化している。

関東大震災や東京大空襲も経ている。


そして、よーく注意してみると、ちょろちょろとネズミを見かける。

人に慣れているのか、ただ小生に生気がないのか、ネズミがあまり逃げない。

それに実は、良く周りを見回すと・・・

都会のゲリラ豪雨の影響なのか・・・・・

結構 浮いています、パンパンになって

あんまり気持ちの良いものではないです。


そんなところでも、ふと川から岸に目をやると、
日銀本店 20130824
日本の中央銀行の「日銀本店」が見えるんです。


オシャレで高級な「日本橋三越本店」

そしてニッポンの資本主義の象徴「日銀本店」に「東京証券取引所」

しかしその周りの足元にはパンパンになった屍がプゥ~カプカ。

その傍を漂う生気のない「後期中年」のカヤッカー。

まぁ、平和と言えば平和な構図です。




それにしても無粋なのはコレ、「首都高速」です。
首都高速 20130824
奥に方に見えるのがさっきのあの「日本橋」です。

昔はこんな感じなのですが、
広重 日本橋 20130824

現在の橋はそれでも明治に作らた19代目か20代目らしい。

麒麟が翼を広げているオブジェからは、生気を失いつつある「後期中年」にもそれを再び奮い立たせる何かがある。
30cmもない 20130824
その由緒ある橋の欄干に、ほとんど触れそうなぐらいの「首都高速」。

前回の「東京オリンピック」の時に、とにかく作っちまえ、という乱暴さで景観なんて無視で品がありません。

翼を広げた麒麟をカゴの中に閉じ込めているかの様だ。


また次回の「東京オリンピック」の準備で、どんな品のない状態を増えるのか・・・上手くやって貰いたいですねぇ。



そんなことを感じながら、帰路は同じルートで戻りました。

時間も昼に近づき、観光川下りの動力船が、けっこう頻繁に航行してました。


どの船も我々を見かけると、かなりスピードを落としてくれます。

キリっとした制服に身を包んだ若い女性パイロットさんが船尾に辺りにいたりもします。

手を振ると敬礼で返してくれます。しかも笑顔で。

逮捕されたいぐらいです・・・・あっ、それはミニ・・ポリスでした。


どの船にも、たぶんボランティアと思われる、羨ましくギンギンに生気みなぎる「前期高齢者」の方がいろいろ説明をなさってました。

その説明によると、たとえば・・・・・
両国橋だった橋の向こうはまた隅田川 20130824
これは「日本橋川」の分流の「亀島川」に架かる「南高橋」なんですが、関東大震災の時に一部が落ちずに残った「両国橋」の、その一部を分解移築したものなのだそうです。

そう言われて再度いま一度よく観察すると、重厚で風格を感じますよね。

実は、現場で下から見上げる様に見ると、重厚過ぎて怖いんですがね。。。。


その「南高橋」を抜けるともうそこは「隅田川」です。

早朝と違い、船の行き来がかなり頻繁です。

往来が切れるのを見計らって、そりゃもう必死のパッチで横断です。

「隅田川」の速い流れと、行き交う動力船が作る曳き波と、海からの長周波なうねりが複雑に絡み合い、大きくはないが突然三角波を生まれる。


しかし、週末のこの時間でも、東京消防庁や警視庁や国土交通省等々のパトロール船を見かける。

これは小生個人の印象だが、東京消防庁や警視庁の船には見守って貰ってる感があるが、国土交通省の船からは何だか邪魔だと言わんばかりの敵意を感じるのですが。。。(実際 邪魔なんでしょうねぇ




まとめ:

・まずは今回の漕行程です。
 漕行程 20130824

・しかし「佃島」は大阪の漁師達が神主まで
 連れて移って来たのが始まりだったとは驚きです。
 400年以上前の当時の江戸ですから、
 大いなるフロンティア精神ですよね。

・そして「佃島」と言ったらコレ
 佃煮 20130824
 「閘門水先人」氏も誘われる様に入って行きました。




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Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン 「隅田川~亀島川」編 - 潮の流れに逆らいながらも!
2013-09-19-Thu  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


前回は「佃島」編として、「Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン」の前編であった。

戦国時代の最中に、大阪西淀川区佃の漁師達33名が神主と一緒に、現在の佃島となる干潟に引っ越してきたと話であった。

カヤック漕行としては、佃島の中からまだ出ていない。

その佃島から出る水門が、佃川支流と隅田川を分けるこの「住吉水門」だ。
住吉水門 20130824
前回もちょっと触れたが、そう、この水門の向こうは大河「隅田川」だ。

お分かり頂けるだろうか?
水門の向こうで、「閘門水先人」氏がもう隅田川に出て待ってくれている。

以前なら氏のサンテン「あひる」号に漕ぎ負けることは全くなかったが、今日は4号艇 PackraftのDenali Llama だ。

普通に漕ぐと倍以上のスピードに差が出る。

しかもサンテン「あひる」号は以前にも紹介したがお座敷仕様だ。

絨毯(じゅうたん)の様なマットが敷いてあり、土足厳禁の居間となっている。

こちらがいくらバシャバシャ漕いでも追いつかない。

それに小生は、高いものを下から見上げる恐怖症だ。

デカい水門の下をくぐるのが恐ろしくてスピードが鈍ってしまう。

このまま佃島内に置いて行かれても困るので、何とか上を見上げない様にして隅田川にでた。

隅田川 佃大橋
水門から大河「隅田川」に出ると、その風景はいきなり広がる。

上流には近代的な「中央大橋」が見え、下流側には上の画像の様に「佃大橋」とおしゃれなタワーマンション群だ。

カメラを取り出して露出やショットの構図を模索している内に、フト気が付くと周りの風景が変わっている。

さっき出てきた「住吉水門」遙か上流に移動しているみたいで見当たらない。
いやいや正確に言うと、「住吉水門」が移動してるのではなく、小生が流されて移動していたのだ。

それにしても最近のコンデジは不便になった。

コンパクトなのは良いが、スイッチボタン類までコンパクト。

液晶はデカくなったが、モード表示が多くて小さい。

そのモードの種類も多い。

露出だけでも、Aiオートと晴天と曇りと雨と夜と夜景と・・・・。

それを操作する後期中年はというと、

老眼で近くが見えない、

白内障症状で出てるのか全体にぼやける、

瞳孔の筋肉が弛んで眩しい、

しかも指先の繊細な感覚も鈍り誤操作の連続、

結局 その状況には最適ではない設定をして撮影をしてしまう。

その上、撮った写真を再生してぼやけていても、

写真がぼやけているのか、自分の目がぼやけているのか・・・だ。



そんなこんなで、隅田川に出た途端にかなり流された。

「中央大橋」辺りから、東京消防庁の消防艇が凄い勢いで下って来た。南無三!

が、小生の気が付いたのか、ピタっと停船し、こちらを気遣う様に見守ってくれていた。

まだ朝早かったのか、観光遊覧船はまだ行き交っていない。

一気に「隅田川」を横断。

さすがにもう殆ど海だ。

川とは違い周波数の長いうねりを感じる。

そのうねりよりも、引き始めた潮の影響か、海への流れが厳しかった。

それでも何とか「隅田川」から「日本橋川」の分流「亀島川」へと入る。

ようやく流れが少しは緩まった時のショットがコレ。
亀島川 南高橋は両国橋 亀島橋水門 20130824
いま漕いで来た「亀島川水門」と「南高橋」と「隅田川」を挟んで「佃島」の高級タワーマンションが見える。

そして「亀島川」のビル群に埋もれるようなところを漕いで行く。

「閘門水先人」氏との会話がビルに反射してこだまの様に響く。

この「亀島川」は安土桃山時代から江戸に入る舟を検める御船手奉行所があったらしい。
徳川水軍の母港というか、当時の海軍基地といったところか。

「亀島川」から「日本橋水門」を抜けると「日本橋川」に入る。


しかしどーも小生はこの「水門」が怖くて怖くてしょうがない。

「水門」はそもそも開いたり閉じたりする様に出来ている。

いつ動き出すか分からないではないか。

すでに数々の「閘門」通過を経験してきたが、鉄の塊が動き、人工的に凄い勢いで水が流れ込んだり流れ落ちるのを見てきた。

川にある人工構造物でも大関・横綱級だと思うのだが・・・。

だが、「閘門水先人」氏の説明では、台風や大雨時の高潮でもない限り動くことはないのだそうだ。
考えてみれば、そりゃそうなのだが・・・・・。

さすが、この辺りの水辺をもう約35年は前から熟知している氏だ。

どーも小生は「閘門」と「水門」の機能を分かってない様だ。




いやはや、小生の筆も眠気という潮に逆らいながらで、なかなか進まない。

本日はもうおねむの時間である。

次回は「日本橋川」に入った所からと言うことでムニャムニャ・・・・




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Denali Llamaで漕く首都ダウンタウン 「佃島」編 - なにわ漁師達のバイタリティーに圧倒されて!
2013-09-16-Mon  CATEGORY: 出撃/撤収記録 - 4号艇


PACKRAFT - パックラフト!
臆病な小生でもついに横断、隅田川を、パックラフトで。

都会の川は人工構造物だらけだ。
行きかう動力船、頭上には高速道路、水面から突き出た杭。
そしていつやって来るか予期できないゲリラ豪雨。

危険を回避する体力とテクニックが必要だ。

そんな都会の川ではあるが、川から見る都会はいつもは何とも思わないで見過ごしてしまう風景を新鮮なものにしてくれる。
これがアーバンカヤックの醍醐味ではないだろうか。


今回は佃島から隅田川を横断、亀島川~日本橋川のコースを、例の「閘門水先人」氏に連れて行って頂いた。

氏にとっては学生時代からの馴染みのエリアだが、小生にとっては天竜川臥龍峡と同じ響きである。

では早速 レポートすることにしよう。




その日、8月24日(土)は薄曇りではあったが、すでに早朝から酷暑を十分に予感させる蒸し暑さであった。

東京メトロ有楽町線「月島」駅に8:30AMに「閘門水先人」氏と落ち合う。

サンテン「あひる」号を入れたザックを背負った氏が笑顔で待っていてくれた。
いくらフジタカヌーの最小最軽量のカヤックとはいえ、PFD等含め100リッター20kg近いザックになる。

小生は今回もPACKRAFTのDenali Llamaだ。
PFD等を含めても7kgで40リッターのザックでも余裕なのだ。

もちろん、ここまでの電車行によるJRや地下鉄の昇り降り、それと暑さで既に体力は消耗していく。
しかし、これから漕行が楽しみで気分は絶好調だ。

小生にとって、アーバンカヤックの醍醐味は、出撃前にスタバ(最悪でもコンビニ)でのコーヒーを楽しむひと時だ。
安上がりの贅沢なひと時なのだが、仕事の出勤前のコーヒーとは全く違うひと時だ。

そこで氏からその日の漕行程の説明を一通り受け、近代的なビルを抜けると下町情緒あふれる出撃場所まで歩いて10分程だ。

時折り小雨が混じるが、ささっと準備しいざ出撃。
いざ出撃 20130824

この出撃地点は、昔 佃島と月島が別々だった頃に、その間を流れていた佃川の支流だったそうだ。

佃川本流はもう埋め立てられてない。

その支流にかけられている橋(佃小橋)をくぐると、立て看板がある。

「此の場所には、江戸時代後期寛政拾年(1798年)徳川幕府より建立を許された大幟の柱、抱が埋設されておりますので、立ち入ったり掘り起こしたりしないでください。」とのことだ。

そのまま進むと左に直角に曲がる。
佃小橋 20130824
この左側に「住吉神社」があるのだが、これがまた面白い。

徳川家康が江戸から上洛した時に、大阪の西淀川区佃の漁師達がいろいろとお世話をした縁で、家康から当時は干潟だったところを埋め立て、名前を大阪の故郷の佃にちなんで佃島とし、そこに漁師家族33名が移住したそうである。

3年に一回お祭りがあり、その時に使う幟(のぼり)の支柱が6本埋まっており、今もお祭りの度に掘り起こして使っているそうだ。
佃住吉講 20130824
(ここに埋まっている。)

そして左の直角に漕ぎ進むと、右岸側が住吉神社となっている。
住吉神社横 20130824
最初の神主は、大阪の漁師達33名と一緒に移り住んだそうである。

しかし17世紀からのことですから大変興味深い。

なにわの漁師達が当時の最大権力者に仕え、十分なプレゼンスを示す。

しかも当時の東京湾の干潟を埋め立てて大阪から江戸へ移り住む。

考えれば考える程、そのバイタリティー溢れるダイナミックさに圧倒される!

想像も出来ない程だ!!




そして住吉神社を過ぎ、この水門(住吉水門)の向こうはいよいよ「隅田川」だ。
住吉水門 20130824

今日はこれで一旦締め、「隅田川」の渡河以降は次回にしよう。

今晩はまたこれから、その「なにわ漁師達」のことを思い、心象漕行を楽しみたいのだ。

あっ、そうそう、こんな映像をYuoTubeで見つけた。
  「佃 住吉神社 大祭 大幟柱掘り起こし」
3年に一回、掘り起こされる、デカい幟(のぼり)様の柱の掘り起こしの映像だ。




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